新規事業領域にどのように挑戦していくか、という話です。
これは、ビデオゲーム事業とは独立した別の領域で、任天堂の強みを活かした新しいプラットフォーム事業への挑戦です。
私が社長に就任したのが、2002年5月ですから、就任から今年の5月で12年が経過することになります。これまでの10年に最も力を入れてきたのは、「年齢・性別・ゲーム経験を問わず誰もが楽しめる商品を提案することでゲーム人口を拡大する」という基本戦略であったと言えると思います。
お客様の「ビデオゲームに対する無関心」という課題に対応するために、「ゲームの定義を拡大」するという手段を採ることで、「ゲーム人口の拡大」を実現するという戦略は、ニンテンドーDSやWiiで成果をあげることができたと自負しています。
前社長の山内から、「娯楽専門の会社」として任天堂を引き継ぎましたが、娯楽とは何のために存在するのか、ということを考え続けて、この10年間は、
娯楽の存在意義は、「世の中の人々を、商品やサービスを通じて笑顔にしていくこと」という信念で、これまで任天堂の経営を進めてきたつもりです。
一方で、時代の移り変わりと共に、任天堂を取り巻く環境も大きく変わった今、娯楽の意味を再定義したほうが良いのではないかと考えました。ちょうど、「ビデオゲームの定義を拡大すること」によって、ビデオゲームの新たな可能性が開けたように「娯楽の定義を拡大すること」が求められている時代ではないのか、と考えたということです。
今回、「人々のQOL〜Quality of Lifeですから直訳すれば生活の質です〜を楽しく向上させるもの」ということを任天堂が考える娯楽の再定義とし、任天堂の事業領域を一歩広げて考えることにしました。「楽しく向上させる」というのが、娯楽企業任天堂が得意とするポイントで、単に「QOLを向上させるもの」というよりも、任天堂がやることとして明確になります。
任天堂が、花札の製造販売をする会社として125年前に創業して以来、玩具、電子玩具、ビデオゲームと、次々と変遷しながら実現し、お客様に提案してきたことは、「人々のQOLを楽しく向上させたこと」にほかならないと思います。
そして、任天堂がこれからの10年で挑戦することは、「人々のQOLを楽しく向上させるプラットフォームビジネス」です。
もちろん、ビデオゲーム専用機のプラットフォームは、この定義に含まれるひとつですし、これからもしっかりと力を入れていくのですが、QOL向上による新規領域の最初のステップとして考えているのは、
「健康」というテーマです。もちろん、QOL向上プラットフォームという新たな娯楽事業の定義をすると、「学習」や「生活」をはじめ、今後さまざまな可能性がありますが、まずは、最初のステップとして「健康」をテーマにする、ということです。
ただし、単に健康をテーマにする、というだけではなく、任天堂は、新たなブルーオーシャンでこれを展開したいと思っています。
コンソールからモバイルの時代、ということを多くの方がおっしゃるようになって、ずいぶんと時間が経ちました。そして、今年の1月のCESでは、ウェアラブルの提案が花盛りでした。
ただ、今日冒頭で申し上げたとおり、任天堂は「娯楽は他と違うからこそ価値がある」と考えている会社です。今、大激戦のモバイル分野や、これから大激戦になることが予想されるウェアラブルの分野に後から任天堂が乗り込んでいって、力の勝負をするというのは、任天堂のやり方ではありません。やはり新たなブルーオーシャン分野で進めたいと考えました。
そこで、モバイルやウェアラブルではなく、ノン・ウェアラブル、すなわち「身につける必要がない」ということを特徴とする新たな領域で、ハード・ソフト一体型プラットフォームビジネスを実現したいと考えています。当社が健康というキーワードを使うと、どうしても『Wii Fit』を連想されると思いますが、テーマについてはこれまで当社のゲーム機では扱ったことのないものを考えていますし、その実現手段となるハードウェアを含めて、ブルーオーシャンを目指していきます。
任天堂がこのような新しい視点での健康というテーマに取り組む上では、任天堂の強みが活かせるユニークなアプローチを考えています。
まず、一般に広く世界中の生活者のみなさんには、普遍的な健康志向があると思います。
もちろん、疾病になられたみなさんは医療を受けられますから、私達が事業領域とするのは、未病のみなさんに、いかに健康をモニタリングし、適切なご提案ができるか、というものになります。
ただ、健康に良いことは、総じて、何らかの努力が必要である場合が多く、継続は簡単ではありません。多くのみなさんが経験されたことがあるのではないかと思いますが、健康に良いことは分かっていても三日坊主で終わってしまう、ということが起こるのが普通です。ここに任天堂の娯楽企業としての楽しく継続していただく能力、娯楽企業としてのおもてなし能力、そして今回の大きな特徴であるノン・ウェアラブルという構造と、日常に溶け込むユーザー体験によって、この継続の難しさを乗り越えていただけるようにします。これが乗り越えられれば、継続的に健康についてフィードバックができるようになり、健康意識が再定義され、最終的に健康人口の拡大を実現する、というのが、今回のアプローチになります。
このQOL向上プラットフォームは、ビデオゲーム・プラットフォームでの経験が役立つばかりではなく、両者の間で相乗効果を生む可能性があると考えています。
これまで、任天堂は、ゲームの定義を拡大する、「Touch Generations」と呼ぶシリーズを展開してきましたが、その中で、『脳トレ』や『Wii Fit』のような健康に関わるテーマ、『えいご漬け』や『絵心教室』のような学習に関わるテーマ、『お料理ナビ』のような生活に関わるテーマなどいろいろな分野にソフトを展開してきました。これらを通じて経験・蓄積された娯楽のノウハウ、すなわち、楽しく継続していただく力、おもてなしの能力などは、QOL向上プラットフォームの価値を高めるために、すぐに活用することができ、大いに役立つと考えています。
逆に、これはすぐにではなく、展開後2〜3年経ってからになると考えていますが、QOL向上プラットフォーム側から、新たなテーマが発掘され、それは、将来ビデオゲームプラットフォームで動作するソフトとして、新しいテーマの開拓に役に立つことも期待しています。一度このサイクルが回り出すと、両方のプラットフォームに好循環が生まれ、共によりユニークな展開が可能になります。
このQOL向上プラットフォームへの新たな取り組みは、ユーザー層拡大路線をさらに前進させることを目指すものです。1983年、ファミコン登場以来続けてきたビデオゲーム専用機のプラットフォームがゲーム人口の拡大を実現して、任天堂ユーザー層の拡大を実現してきたように、QOL向上プラットフォームは、健康を意識する人口を拡大して、それが任天堂ユーザー層の拡大につながるという構造を目指していきます。