社長が訊く
IWATA ASKS

社長が訊く『ニンテンドー3DS』

シリーズ一覧

社長が訊く『ニンテンドー3DS』

本体コンセプト 篇

目次

1. ニンテンドーDSの発売前から

岩田

今日はニンテンドー3DSのシステム設計を担当した梅津さん、
本体のデザインを担当した杉野さん、
そして3DSプロジェクトのプロデューサーである紺野さんの
3人に集まってもらいました。
みなさん、よろしくお願いします。

一同

よろしくお願いします。

岩田

ではまず、梅津さんから自己紹介をお願いします。

梅津

はい。開発技術部の梅津です。
わたしはハードウェア面からの
システム設計のとりまとめ役ということで、
SoC設計の仕様検討を担当しました。

岩田

いま、梅津さんが言ったSoCというのは、
「システム オン ア チップ」の略のことです。
ゲーム機を動作させるために必要なすべての
システムをひとつの半導体チップに載せるので、
最近はそう呼ばれているんですよね。

梅津

かつてはカスタムLSI(※1)と呼ばれていました。

岩田

梅津さんがカスタムLSIづくりを
担当するようになったのはいつ頃からなんですか?

梅津

最初はゲームボーイカラー(※2)のときです。
その次はゲームボーイアドバンス(※3)で、
ニンテンドーDS(※4)、そして今回の3DSへと続いています。

※1
カスタムLSI=特定の商品のために、特別に設計・製造される大規模集積回路のこと。LSIはLarge Scale Integrationの略。
※2
ゲームボーイカラー=ゲームボーイの後継機で、カラーで遊べるようになった携帯ゲーム機。1998年10月発売。
※3
ゲームボーイアドバンス=ゲームボーイカラーの後継機として、2001年3月に発売された携帯ゲーム機。
※4
ニンテンドーDS=タッチスクリーンを採用した2画面の携帯ゲーム機。2004年12月発売。

岩田

ゲームボーイカラーは1998年の発売ですから、
12年前からLSIの設計にかかわっているということですね。

梅津

あ、いえ、実際に設計に入ったのは
それよりももっと前からになります。
というのも、LSIやSoCの設計というのは、
新しいハードにどんなことが求められているのか、
姿かたちがまったく見えないところからはじまりますから・・・。

岩田

つまり、梅津さんがSoCの設計に入ろうとする段階では、
周りの人から「新しい携帯ゲーム機では、こういう機能がほしい」とか、
開発のヒントをもらえるようなことは一切ないわけなんですよね。

梅津

そうです。ですから、数年後に発売されるであろう携帯ゲーム機に
どんな機能が必要になってくるのか、
それを予想しながら設計を進めていきます。

岩田

「たぶん何年後には、こんなことができそうだから、
こういう仕組みを入れておこう・・・」
みたいなことを考えるんですね。

梅津

はい。それと、いま売れているから
「そのままでいい」ということではなくて、
ある意味、“いま”を自己否定しながら、
次のことを考えていかなきゃいけないといった難しさがあります。

岩田

つまり、いま売れているハードでソフト屋さんたちが
一生懸命ソフトづくりを本格化させているときに、
梅津さんは、ひとりで、孤独に、
次のハードを考える役、ということなんですね。

梅津

そのとおりです(笑)。

岩田

今回のニンテンドー3DSについても、
ニンテンドーDSが発売された頃から、
梅津さんは次のことを考えていたわけですよね。

梅津

いえ、それもDSが発売される時点で
すでにSoCの設計は終わっていましたので、
そこから次のことを考えはじめていました。

岩田

ああ、そうか。
ニンテンドーDSがまだ1台も売れていないときから
もう次のことを考えはじめていた、というわけなんですね。
ちなみに、当時はどのようなことを考えていたんですか?

梅津

まず初めに考えたのはグラフィックスです。
次世代に求められるグラフィックスというのは
どういうものなのか、ということを考えて、
そこからいろいろ肉付けをしていくようにしました。

岩田

携帯ゲーム機のグラフィックスというのは、
将来どんなものが求められると、その当時に思っていましたか?

梅津

意識したのは据置型のゲーム機なんです。
携帯機であっても、できる限り据置型ゲーム機の
表現力に近づけたいと思いました。

岩田

そのときにこだわったのはどんなことですか?

梅津

グラフィックスの性能と消費電力とのバランスです。
本体サイズに影響が出るほどバッテリーを
大きくするわけにもいきませんし、
バッテリー持続時間やコストなど携帯ゲーム機特有の制約があるなかで、
いかに高い性能が得られるか、というところをまず考えました。
それと、DSにはいままでにない、
2画面という特徴がありましたから・・・。

岩田

2画面のDSが世の中に受け入れられるかどうか、
わからないところからはじまっているんですね。

梅津

そうです。
ですから、当初は2画面以外のものも考えていました。
結局、世の中には出なかったんですけど・・・。

岩田

でもそれって、考えただけでなく、
かなりつくったんでしたよね。

梅津

はい、実際に動くものまでつくっていました。
ただ、そのようなことをやっているうちに、
DSがたくさんの人に受け入れられてきて、
DSi(※5)が出る頃から
「やっぱり2画面でしょう」ということになり、
今回の3DSの原型を考えはじめたんです。

※5
DSi=ニンテンドーDSi。ニンテンドーDS Liteの上位機種として、2008年11月に発売された携帯ゲーム機。液晶のサイズがアップしたり、カメラが内蔵されるなど、さまざまな部分でバージョンアップされた。

岩田

DSiが出たのが2008年11月でしたから・・・。

梅津

実際には2007年の後半くらいから
3DSの原型になるSoCを考えはじめました。
そこでまず、高性能のグラフィックスを実現したかったんですが、
最初からグラフィックスだけにすべての電力を割り当ててしまうと
後から何もできなくなってしまうんですね。

岩田

それに当時は、裸眼立体視の液晶を使う、
という話はまだ出ていませんでしたよね。

梅津

はい。携帯ゲーム機の場合、
限られた電力のなかでやりくりしないといけませんので、
その後にきっと出てくるであろうオドロキの要素を入れるために、
電力に多少の余裕を持たせながらSoCの設計を進めていました。

岩田

余裕のある設計にすることで、
その後に出てくるいろんなアイデアに
柔軟に対応できるようにしていた、ということですね。

梅津

はい。

岩田

次はデザインを担当した杉野さん、自己紹介をお願いします。

杉野

開発技術部の杉野です。
わたしは開発技術部デザイングループのマネージャーですので、
ニンテンドー3DSのデザイン全般の責任者という役割で
今回のプロジェクトに参加しました。

岩田

杉野さんは、インダストリアルデザイナーとして、
ずっと昔のゲームボーイブロス(※6)
ゲームボーイポケット(※7)などのデザインにかかわっていたんですよね。

杉野

はい。それに、任天堂初の3Dゲーム機である
バーチャルボーイ(※8)にもかかわりました。

※6
ゲームボーイブロス=初代ゲームボーイのカラーバリエーションとして登場したシリーズ。1994年11月に発売。
※7
ゲームボーイポケット=初代ゲームボーイをコンパクトにした携帯ゲーム機。1996年7月に発売。
※8
バーチャルボーイ=ゴーグル型ディスプレイで楽しむ3Dゲーム機。1995年7月に発売。

岩田

それくらいいろいろなゲーム機のデザインにかかわっていると、
材料だとか実装技術での変化とかを感じることが
多かったんじゃないですか?

杉野

はい。この数年はとくにそうでした。
とくに携帯電話に使われる材料の変化や小型化ということが
とても顕著でしたので、
ゲーム機をデザインするうえでもすごく参考になりました。

岩田

任天堂で携帯ゲーム機をデザインするとき、
「薄くしろ、ちっちゃくしろ、軽くしろ」
とみんなから言われますよね。

杉野

はい(笑)。

岩田

でも、その一方で、
「落としても壊れないようにして」とも言われたりして、
それはまさに、「あちらを立てればこちらが立たない」という
トレードオフの塊のような仕事だと思うんですが。

杉野

それは、わたしたちの仕事の宿命みたいなものですね。
たとえば、初代ニンテンドーDSのときも、
岩田さんからも「もっと薄くして!」と言われましたし(笑)。

岩田

はい、確かに「これでいいと思いますか?」と言いました(笑)。

杉野

わたしとしては、
「薄くできるんだったら、最初からやっています!」と・・・。

岩田

そのときは、最初から精一杯薄くしたつもりだったんですよね。

杉野

はい。液晶が2枚あって、折りたたみ式ですから
「薄くしろ」と言われても「できるわけないやん・・・」と。
でもやってみると・・・DS Lite(※9)でできたんです(笑)。

一同

(笑)

杉野

結局、考え方を変えたり、すき間を徹底的になくすことで
DS Liteのような商品が生まれたわけですが、
そこでの経験が今回のニンテンドー3DSでも活かせたと思います。

岩田

ちなみに、宇治工場の責任者の永井(信夫)(※10)さんが、
量産立ち上げ前に3DSの設計を確認して、
わたしに最初に伝えてくれたコメントは、
「今回は最初からぎっしりですよ」というものでした。

杉野

あ、そうなんですか(笑)。でも、そのとおりなんです。
ですから、今回の3DSでは、DS Liteのようにコンパクトな製品が、
短期間にできる予定はまったくありません(笑)。

岩田

はい(笑)。
DS Liteのコンパクトなサイズを実現した手口は、
今回、最初からすべて使ってしまって、
さらに努力した結果、
ニンテンドー3DSという商品になったわけですからね。

※9
DS Lite=ニンテンドーDS Lite。2006年3月に発売した携帯ゲーム機。本体を薄型軽量化したほか、4段階の輝度調整機能も搭載。
※10
永井信夫=任天堂代表取締役専務。製造本部長。