UI/UXデザイナーの役割は、ゲームとお客様の接点をデザインすることです。そのデザインにおいては、ゲームの世界にとどまらず、お客様の日常における感覚や心理を深く理解することも求められます。任天堂の商品では、より魅力的に楽しさやワクワク感をお届けするために、お客様の好奇心や期待感を自然に引き出すデザインを大切にしています。
私が、UI/UXデザイナーとして関わったタイトルのひとつが、Nintendo Switchと同時に発売された『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』です。このゲームでは、「ゼルダのアタリマエを見直す」の開発コンセプトのもと、UIのアートコンセプトは「なければない方がよいUI」(※)と掲げて、これまでの装飾的な表現から、よりすっきりとした表現に刷新しました。その後、続編である『ティアーズ オブ ザ キングダム』の開発では、UIの存在感を極限まで薄める方向性も考えたのですが、UIを無味無臭にするのではなく、お客様の感情に寄りそうことで、「ゼルダの世界に深く没頭する体験」を目指すことにしました。
※「なければない方がよいUI」 本来UIは、ゲームをプレイするうえで必要な情報を伝達するという重要な役割を担っています。そのためには、情報を確実に伝える「印象的な表示」 が重要であると考えました。存在感を感じさせず、かつ印象的であるという、一見相反する課題に向き合ったのが『ブレス オブ ザ ワイルド』のUIコンセプトでした。
両タイトルの共通点として、広大なフィールドを冒険するリンクがワープする際、新しい地形に切り替えるためのロード時間が発生します。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のロード画面では、待ち時間を実用的な時間に変えるため、冒険の役に立つヒント(Tips)を表示するようにしていました。その後『ティアーズ オブ ザ キングダム』の開発では、続編でありながら新しさをどのように出すのか悩みました。そこで、「より深く没入できる」をテーマに何かできることはないか?と検討した結果、必要になったのは、自分たちの日常生活で感じる「嬉しい体験」でした。
旅行の計画を立てるときに地図を広げてワクワクするような感覚は、経験したことがある人も多いのではないかと思います。私自身、地図を広げて、次の週末はどこに行こうかと思いを巡らせる時間がとても好きです。そんなワクワクする体験を、ゲームのロード画面でも再現できないかと考え、ワープ先の地図を表示するようデザインしました。これによりロード時間は、単なる待ち時間から「次の冒険への準備時間」に変化しました。ワープ先周辺の名所に気づいたり、寄り道したい場所を発見したりと、フィールド以外でも「探索する楽しさ」を感じられるようになったと思います。
このように、日常での感覚や心理をもとに、多くのお客様が「ワクワク」や「うれしい」と感じられるよう、細かな工夫を積み重ねながらUI/UXのデザインをおこなっていきました。これらは地図だけではなく、例えば、「料理」についても日常の「うれしい」に寄り添えるように検討しました。
レストランのメニューやSNSで料理の写真を見て「幸せな気持ち」になる人も多いと思います。実はゲームでも料理のアイコンをたくさん制作していましたが、ポーチの大きさには限界があるので、たくさんの料理をストックして眺めることができません。せっかく種類が豊富なので、美味しそうな料理を眺められたら「うれしい気持ち」になるのではないかと思いました。また、「知らない料理を見てみたい」という期待感を後押しできれば、さまざまな料理を作ることがご褒美になって嬉しい体験が増えるのでは、と考えて料理メモをデザインしました。
これらは一例なのですが、ゲーム全体を通して多くの「ワクワク」や「うれしい」を取り入れています。UI/UXデザインはむずかしそう、と感じられるかもしれませんが、任天堂のUI/UXデザイナーには日常のポジティブな感覚はとても大事です。こうするともっとワクワクするのでは?という考えをもとに、実用的かつ魅力的なデザインになるよう試行錯誤を重ねます。ツールではなく娯楽商品を作る任天堂のUI/UXデザイナーの醍醐味です。商品を待ち望んでくださっている世界中のお客様に少しでも多く「ワクワク」や「うれしい」をお届けすることが、この仕事の大きな魅力だと感じています。