学生時代から、「音楽という聴覚からの情報で、なぜ感情が動かされるのだろうか」ということに興味がありました。次第に音楽から音そのものへと関心が移り、ゲームの音づくりに挑戦してみたいという思いから任天堂に入社し、現在はサウンドデザイナーとして効果音などを制作しています。入社して最初に携わったのは『スーパーマリオブラザーズ ワンダー』でした。このゲームでは、敵や仕掛けの音、環境音などを担当しましたが、特に印象深かったのがゲーム中に登場する仕掛けの「尺取り虫土管」の効果音づくりです。
ゲームの効果音は、「どのような音を、どのようなタイミングで、どのように鳴らすのか」といった方針を決め、さまざまな方法で制作をおこないます。どのような音にするかを考える切り口はいろいろあります。現実の世界に存在する物の音を制作する場合、例えばドアを開ける音なら実際のドアを開ける音を収録したり、ドアを開ける様子を観察してそれぞれの動きに対応する音の要素から音素材を加工し組み合わせたりすることで音を制作することができます。しかし、尺取り虫土管はこれらとは違う考え方が必要でした。
『スーパーマリオブラザーズ ワンダー』は、タイトルに“ワンダー”とあるように、新たな驚きとワクワクに満ち溢れた内容のゲームです。マリオシリーズでおなじみの土管が尺取り虫のように動き出す「尺取り虫土管」は本作で初めて登場するので、これまでにない驚きと楽しさが含まれた音で表現をしたいと思いました。最初は「ズズズー」といった土管が地面を擦るような音をつけてみましたが、現実の世界で土管が生き物のように動くことはないため、実際の事象や音を参考にすることはできませんでした。土管が動くという生き物らしさや驚きをうまく表現できず、いろんな案を試してはやり直す日々が続いていました。
効果音を制作する際、実装に向けて仮段階で音を入れる場合があります。尺取り虫土管の効果音は最初先輩が担当しており、それを途中から引き継いだのですが、先輩がつくった仮音を聴き直してみたところ、自分がつくったものと違い生き物らしさが感じられました。そこで、音づくりのヒントを訊こうと思い、先輩に質問したところ、先輩がつくった仮音には、ビブラート(音程を揺らすエフェクト)が使われていたことがわかりました。「ビブラートの音の揺れでクネクネとした生き物らしい動きを伝えるため」という理由でした。私はそれまでビブラートを使うこと=音を揺らすという加工方法の一つとしか考えていなかったのですが、先輩は「実際にそのゲームを遊ぶプレイヤーはどのような印象を受け、どういう感情が引き起こされるのか」と、加工した音の先を考えて効果音を制作していたのです。
そこで、すでに制作していた尺取り虫土管の音を、その音からどのような印象を受けるのかという点を強く意識し、よりうねうねとした生き物らしさが伝わるよう加工していったことで、ようやくイメージした音を完成させることができました。効果音は、ゲームの中で何かを叩いたときに、その材質は木なのか鉄なのかといった情報を伝えたり、登場するキャラクターたちの性格や行動パターンを表現したりできます。そして、音は単なる情報を伝えるものだけではなく、効果音を介してプレイヤーに「楽しい」「ワクワクする」といった特定の感覚を呼び起こす効果も担っています。先輩たちの音づくりの考え方や音と向き合う姿勢を聴いたことで、自分に足りなかった視点にも気づくことができ、改めて効果音制作のスタートラインに立てたような気がします。
サウンドデザイナーは、ゲームの中で描かれる世界を自分のつくった音で彩ることができるのが魅力です。当たり前のことですが、現実の世界ではさまざまな音が物理法則に従って鳴っています。けれど、ゲームの世界では誰かが音を用意して鳴らさなければ何の音も鳴りません。その何も鳴っていない世界を見ながら、「どんな音を鳴らそうかな? どんな音が鳴ったら楽しいかな」と、想像を膨らませ、実際に手を動かして音を創造できることはゲームの効果音制作ならではのおもしろさだと感じています。