3 | 業績の考え方について、既存ビジネスのポテンシャルをどのように考えているか。以前から「2017年3月期に任天堂らしい利益水準に戻す」という話をしているが、既存の3DSとWii Uのビジネス、あとはIPの活用、QOLなど、この辺りのバランスについてどのようなイメージを持っているか。今期の業績をベースにすると、3DSはもうライフサイクルの後半に入ってきているし、Wii Uもコスト面を考えるとなかなかこれらの既存ビジネスで大きく固まった収益を見いだせるような想定はしづらい。2017年3月期の業績のイメージについて少しヒントがほしい。 |
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3 | 岩田: まずはじめに申しあげておきますが、ゲーム専用機ビジネスについて、「もうあまり明るい未来が描けないのでほかのビジネスを展開する」という発想は全くしていません。むしろ、「ゲーム専用機ビジネスにお客様を導くには、あるいは、その価値をご理解いただくには、何が足りていないのだろうか」ということを考えています。 確かに一般的なプラットフォームサイクル論で考えますと、「ニンテンドー3DSはこれから年何パーセントの割合で販売が下がっていくのではないか」、あるいは「Wii Uはこれから先、大きな販売増というのは期待できないのではないか」というような見方があっても全く不思議ではありません。一方で、私たちのビジネスでは、「1本のソフトのヒットがガラッと(プラットフォームビジネス)全体を変えてしまう」ということが過去に何度も起こりました。例えば、みなさんにとって最も印象的な話の一つだと思いますが、「ゲームボーイはもうダメだ」と言われたあとでポケモンというソフトが生まれて、ゲームボーイの歴史の中で最大の年間売上がプラットフォームサイクルの後期にやって来たというようなこともあります。ですので、一概に今までの状況から未来が描けないと思っているわけではありません。ただ、やはり世の中がこれだけ変わり、お客様の情報収集経路や認知経路が変化しているのに、「任天堂がそれらに十分対応できていなかったから現状があるのではないか」ということについては、私たちは反省しなければいけないと考えています。 私たちが変えなければいけないことはたくさんあると思います。その中に「スマートデバイスやキャラクターIPをどう組み合わせるのか」ということがありますが、私たちが「スマートデバイスやキャラクターIPの活用を積極的にやりますよ」と申しあげているのは、「ゲーム専用機ビジネスで稼げなくなったから代わりにこっちで稼ぎます」ということを申しあげているのではなく、「ゲーム専用機ビジネスを大きくするために、それらにも取り組んだ方が相乗効果が生まれやすい」と考えているからです。もちろん、キャラクタービジネスで稼げる可能性はありますし、『amiibo』の取り組みは、その取っ掛かりとして既に一定の結果をお見せできつつあると思います。ただ、「これで過去のゲーム専用機ビジネスが好調だったときのような売上や利益が出せるのか」と言われますと、簡単にそうならないのは明らかですので、やはり「私たちのメインビジネスである、ビデオゲーム専用機のハード・ソフトのビジネスをどうやって大きくするか」ということを考えるべきだと思います。今日のプレゼンテーションで、Newニンテンドー3DSの海外での出足をご覧いただきましたが、おそらく「海外のニンテンドー3DSは今の状況だとNewニンテンドー3DSが発売されてもムードは変わらないのではないか」という見方をされている方は少なからずいらっしゃったのではないかと思います。しかし、現実には世界中の販売店で初回出荷分はあっという間に品切れになってしまいました。プレゼンテーションでお示ししたNewニンテンドー3DSの発売初週の販売数は、発売から(ヨーロッパでは)2日分、(アメリカでは)3日分のデータとお伝えしましたが、実は初日に大半が売れていて、2日目、3日目は品切れであまり数が伸びてないというようなこともありました。ちょうど今、アメリカでは西海岸の港で労使交渉がまとまらなかったために、この半年ぐらい荷揚げのスピードが少し遅くなり、港が混雑しているということが起こっています。実はこの影響で私たちが発売前に届けようと思って送った数量全品は現地には着いておらず、Newニンテンドー3DSや一部の『amiibo』の販売に多少影響は出ています。ソフトは非常に軽いので航空便で送ることが選択肢として取れますので、ソフトのビジネスにはあまり大きな影響は出ていないのですが、むしろ、家電製品などをつくっておられる会社さんは非常にお困りのはずだと思います。そのような制約の中でNewニンテンドー3DSが順調な出足を見せたことは、「これからプラットフォームサイクルの後半だから、ビジネスはどんどん縮小していく」というのとは違うシナリオを描き得る可能性があると思います。 また、新しいことを始めますので、新しいことでプラスアルファの収益を上げていきたいというのはもちろん考えており、QOL事業では2017年3月期には何らかの形で利益貢献したいと考えています。ただ、ビデオゲームで収益の100%を出していた会社が、1年経ったらQOL事業でいきなり収益の半分を上げるというようなことを期待されるべきかというとそうではなくて、それは何年か経って変わっていくことだと思います。2017年3月期という意味で言いますと、「いかにビデオゲームビジネスを健全にするか」ということになります。もし今、「任天堂が開発したソフトがお客様にもプロの評価者にもご評価いただいていない」というのであれば、それは私たちの能力不足ということになりますが、「ご評価いただいているのに、そのポテンシャル通り売れていないのではないか」ということであれば、それは「製品の売り方やお伝えの仕方、製品が広がっていく仕掛けづくりなどについてやれることが多く残っている」ということですので、まずはそこをしっかりやりたいと思います。その意味で言いますと、業績の改善というのは、あくまでもコアビジネスの改善が前提にあり、その上で新しく取り組むことを増分として積み上げていきたいと考えています。その結果、任天堂らしい収益と呼んでいただけるようにしたいというのが私のイメージであり、今日の時点でお話しできる内容です。 |
4 | 岩田社長は「ゲーム人口の拡大」を会社の戦略目標として挙げ、ずっと積極的にそういうコメントを出してこられたが、最近はあまり口にされていないようだ。新しい戦略目標を設定したのであれば教えてほしい。10年前の「ゲーム人口の拡大」というのはゲーム離れに対応するための戦略目標だったと思うが、現時点での任天堂の課題というのはどこにあるのか。 |
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4 | 岩田: 私は「ゲーム人口拡大」という言葉が任天堂の社内そして社外のみなさんにご理解いただけるまで、「ものすごくしつこく何回も」申しあげたと思います。プレゼンテーションをするたびに「ゲーム人口拡大」というスライドを出し、「みなさんがうんざりされるのではないか」と思うほど繰り返し口にしました。それは、私は組織を率いるリーダーとして、「みんながうんざりするぐらい同じことを言い続けないと、人の心には染み込まない」と考えているためで、「あの人は同じことをいつも言っている」、「言ったことを忘れているんじゃないか」と言われることを恐れずに言い続けようとある時点で決め、ずっとそうするように努めました。そうしてはじめて、「ゲーム人口拡大」と口にしなくても、さすがに社内外の人たちも分かっていただけるようになるんです。ところが、「これからゲーム人口拡大をどうやってやっていくのか?」ということに関しては、「任天堂の内部の人間がみんな具体的なイメージやアイデアを持っているのだろうか?」という疑問を、私はこの数年持ち続けていました。ニンテンドーDSやWiiでやっていたことをただ漫然とそのままやるだけでは、大きく変わり映えがしているようにはお客様に感じていただくことができず、実際Wii U用に『Wii Sports』や『Wii Fit』を出しましたが、Wiiで出したときほどのインパクトはなかったわけです。実際に触っていただくとご理解いただけるように、さまざまな新しいことを実現しているのですが、一見しただけではお客様の観点からは変わっていないように見えてしまうのです。「これに対応するには、ゲームの定義を広げないといけない」と考えました。「ゲーム人口拡大」のときにも「ゲームの定義を広げる」と公言して、「犬を育てることをゲームにしましょう」、「脳を鍛えることをゲームにしましょう」、「リモコンを実際に動かしてスポーツをすることをゲームにしましょう」、「毎日体重を測って運動することをゲームにしましょう」と、皆様にはそれぞれがいずれの商品を指すのかすぐにお分かりいただけると思いますが、当社は実行してきました。今回もそのように「もう一段広げないといけない」と考えたのです。 より具体的には、「任天堂は『ビデオゲーム』しか作ってはいけない会社だ」と社内の人間が思い込み過ぎていることそのものが問題なのだと私は考えました。それが、娯楽を再定義して、次の10年の当社の目標は「人々のQOLを楽しく向上させること」だと私が発表した理由です。これは実際には昨年1月の経営方針説明会で既にお話ししていたことなのですが、説明会直前に「任天堂はゲーム専用機ビジネスをあきらめて、スマートフォンにゲームを出すと言うのではないか?」という憶測に注目が集まり、そのタイミングで私がその娯楽の再定義の話をしたために、おそらく社外の皆様にはあまり印象に残っていなかったのではないかと思います。ただこの1年間、そのことを私は社内でひたすら言い続けてきましたので、その結果、「自分たちはビデオゲーム屋であり、ビデオゲームしかやってはいけない会社だ」という意識が少し任天堂の内部からは薄れてきて、「自分たちがやることをもう少し広げて考えていい」と考えられるようになってきました。任天堂は創業125周年の会社なのですが、もともとは花札屋さんとして生まれ、トランプをつくるようになり、私自身そうなのですがみなさんの中にも「子供時代に任天堂のトランプや花札で遊んだよ」という方が多いことでしょう。その後おもちゃ屋さんになって、それから、電気仕掛け、電子技術を使ったおもちゃをつくるように変わって行き、そして「ゲーム&ウオッチ」をつくったり、ビデオゲーム技術に出会うようになり、ファミコンが生まれ、ファミコンがプラットフォームになることで任天堂は大きく変わったわけです。ファミコンを発売したのが1983年ですので、そうやって大きく変わってからまだ32年しか経っていません。ちなみに今年9月13日に『スーパーマリオ』が生まれてちょうど30年になります。その間ずっとマリオはビデオゲーム界を代表するキャラクターとして、そしてビデオゲームを代表するソフトとして世界中の方に認めていただけたということは、これは紛れもなく誇っていいことだと思っているのですが、一方で任天堂は「ゲームしかやってはいけない会社」ではもともとなかったはずなのです。ゲームはいくつかある当社事業の中の「非常に効率がいいこと」であったり、「自分たちの強みが活かせること」であるが故に選んだ道だったはずなのに、新しく会社に入ってくる人も以前から働いている人も、いつの間にか「任天堂はビデオゲームしかやってはいけない会社だ」と思い込んでしまっていました。しかし、ビデオゲームには多種多彩な強みがあるわけです。「ビデオゲームは、お客様が説明書を読まなくても遊べることを目指すべき」だと思います。任天堂製品の説明書を汗をかいて作ってくれている人には大変申し訳ないのですが、「大体お客様の5%位しか説明書は読んでくださらない」と実感していますので、逆に言うと「95%の人が説明書を読まなくても遊べなければ、そのゲームはクソゲーだ」と言って遊んでいただけないわけです。 それから、ビデオゲームでは、お客様に何かを続けてもらうことが重要で、「何か自分がインプットをしたらアウトプットが返ってきて、それがご褒美になるのが面白いので続けていただく」という、皆様の中でゲームを遊ばれる方全員に共感していただけると思うのですが、任天堂はお客様に続けていただくという点をものすごく鍛えてきた会社です。そういう技術を私たちの強みとして、しかもハード・ソフト一体でモノづくりができる技術を活かすときに、今までとは違うどのような方向が存在するのだろうかと考えた結果、最初のシンボリックな実例として、「睡眠と疲労をテーマにした健康について考える」ということが私たちの得意分野の中でできるのではないかというのが、当社の今回のご提案です。ビデオゲームから逃げたいわけでは全くなく、私たちはビデオゲームを今後もつくっていきますし、ビデオゲームへの情熱はいささかも失われていません。一方で、任天堂が「ビデオゲーム以外のことは考えてはいけない会社だ」と考えてしまいますと、人が驚くようなビデオゲームの新しいジャンルをつくり出したり、「こんな入力機器・こんなユーザーインターフェイスは今までなかった」と言っていただけるようなモノづくりに挑戦する際、どうしても「既存の30年の歴史の中で生まれたゲームのコントローラーというのはかくあるべき」、「ゲームの作法というのはかくあるべき」、「ゲームはこういうふうに始まって、チュートリアルがあって、エンディングがあって、やりこみ要素があるもの」等の思い込みが壁になってしまいます。「世の中の人の観点から広く考えたときに、そういった常識にしばられていることは本当に正しいのか?」という問題意識を持ち続けて来ましたので、私は「人々のQOLを楽しく向上させるもの」を娯楽として社内で再定義して、「何を考えてもいい」と申しあげたのです。そうすると社内からは「こんなことをやってみたいんですけど」と言いだす人が現れます。まだ公の場でお話しできるほど具体的に温まっていないので今日はお話ししませんが、それでも「これって社長が言っていたことと方向性はずれていませんよね」と言って提案してくる人がやっぱり社内に現れるわけです。こういったことこそが任天堂が今後も長期的にやり続けるべきことで、私は娯楽の定義を変え、任天堂がやって良い守備範囲を変えるということが、次の10年間の戦略で、その結果任天堂が活かせることは非常に多いと思っています。 ちなみにQOLプロジェクトの第1弾として「健康」をテーマに選んだ一番の理由は、健康に興味をお持ちの方が非常に数多くいらっしゃるという事実です。世の中の皆様は「こうした方がいい、ああした方がいい」と、健康にいいことを数多くご存知ですが、みんな続けられず、それこそ3日でやめてしまうことがほとんどです。「これがいいことは知っているけど、続けられない」と悩む方がいらっしゃるわけです。「それは、大変過ぎるから続かない」というケースと、「何のフィードバックも返ってこない・ご褒美がないから続かない」という場合、そして「続けるきっかけやつながりをつくってくれないから続かない」等、さまざまな理由がありますが、実は、それら全てに対応可能なノウハウをビデオゲームは持っているのです。こんなに社会にお役に立てるかもしれないノウハウが社内にゴロゴロと転がっていて、任天堂の人間なら多くの人がそれを使いこなせるのに、「それは自分たちの仕事ではない」と決めた瞬間に無関係になってしまうわけです。それを「自分たちがやってもいい仕事だ」と理解することができれば、「任天堂という組織がアウトプットできることがガラッと変わるかもしれない」、あるいは、「すごく面白い種を持っているがどう使ったらいいか分からないという社外の人が持ち込んでくれる会社に任天堂はなれるかもしれない」、ということです。 例えばですが、加速度センサーを発明した人は、「リモコンに内蔵して振り回してテニスを遊ぼう」とは絶対に考えていなかったと思います。全然違う用途のために作られたはずです。しかし任天堂は加速度センサーというものの全く違う用途を発明して、結果、Wiiリモコンはたぶん2億本程度世の中に普及しているはずですから、そういう経済効果を生み出すことによって、今世の中にあるさまざまなデバイスの中に加速度センサーが入っている事実にきっと当社はお役に立ったと思うのです。それと同じように、「当社ができることを狭めない」というのが次の10年で努力したいことで、「ゲーム人口拡大」は当然のこととしてやり続けながら、次のステップとして、「自分たちがゲーム人口拡大を実践して行くためには、自分たちがやっていいことを狭く考え過ぎないことがすごく大切である」というのが、去年の1月に私がお話ししたことの意味でした。ですが、たぶん私がうまくご説明できていなかったことが、「最近基本戦略はどこへ行ったの?」という趣旨のご質問をいただく理由になっていると本日思いました。 |