それは15年ほど前のことでした。
放蕩息子だったボクが何日かぶりに家に帰ると、厳格な父が「ちょっと来い!」と。で、びくびくしながら居間にいくと、「それ繋げ」と父が指差した先にファミコンがあった。ファミコンをTVに付けるなんて言ったら、きっと不機嫌になると思っていたから、けっこう流行っていたけれど、ファミコンに触ったことはなかった。ゲームセンターとか喫茶店で無理矢理筐体に移植した、あんまりよろしくなさそうな環境でしか遊んだことなかった。
もうウキウキしながら接続して、一緒に買ってきてくれていた「スーパマリオ」を早速プレイ。喫茶店なんかで実はやり込んでいたものだから、いきなり階段でノコノコ踏みつけて無限増殖したりしてたら、「けっこうやるもんだ」と父の声。彼は、あまり帰ってこない息子が、ゲームにはまれば家に居着くと思っていたようだ。実際、けっこう居付いたし。 |
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それから1年ほどして……。
将来出版の世界で仕事したいと思っていた自分は、アルバイトでコネつけようと面接回りを始めてた。就職情報誌をみていて、角川系のゲーム雑誌出版社の応募も目にとまった。「ファミコン持ってるし」と面接してみたら、なんとか採用の運びに。それからずぶずぶとゲーム雑誌の仕事が続く。
あのとき父が買ってくれたファミコンとマリオがなかったら、きっとこうなってなかったと思う。以来、マリオはずっと遊んでたし、アクションがそんなに上手くないのに、マリオだけはコンプリートしていたし。ボクもマリオで人生変わった人間の1人です。 |
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