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ディスクシステムが発売された頃、自分は高校生でした。
いわゆる「思春期」というやつです。
バイトしてみたり、
親に反抗してみたり、
友達に電話するため深夜の公衆電話ボックスまで走ったり、、、
まぁ、当時の高校生としては
極めて平均的な学生生活を送っていました。
やがて、「平均的な高校生」を満たす重要な要素、
『彼女』が出来ました。
あまりゲームに詳しくないと言う彼女とゲーム屋さんに行き、
一緒に遊べそうなソフトを探していた時、
彼女が「これなら出来るかな?」と手を伸ばしたのが
「謎の壁」
でした。ブロックくずしでしたからね。
その場で購入し、家で立ち上げてみると・・・
これがすごく良く出来てるんですよ。
当時ゲームセンターで流行っていた「アルカノイド」を
絵も音も思いっきりポップにした感じで、
俺も彼女も一発でハマりました。
それからと言うものの、
「謎の壁」三昧の日々が続きました。
それぞれの名前でセーブファイルを作り、
一緒にいる時以外、つまり彼女が帰ってしまった後に
一人ではやらないという条件で先を競っていました。
ゲームオーバーになったら交代、
というルールにしていたのですが、
最初のうちは簡単なのでなかなか終わらないんです。
そんなわけで、彼女が来てはさんざん遊んで帰る、
という日も多く、俺と彼女の差は広がるばかりでした。
それでも、俺は楽しかったんです。
やがて、「平均的な高校生カップル」らしい些細な喧嘩に躓き、
びっくりするほどあっさりと俺達は別れました。
もうすぐ冬休み、という頃で、
「くそ、こんな時期に一人身かよ」などとボヤいていました。
数日は無気力にボーーーーーーっと過ごしていましたが、
さすがにこのままではイカンと思い、
久々にゲームに手を伸ばしました。
「謎の壁」
が出てきました。
少し痛む胸をおさえつつディスクを差し込むと、
セーブファイルに彼女の名前がありました。
結局クリアは出来ていませんでした。
説明書の間から、彼女の文字で書かれた紙切れが出てきました。
このゲームを遊んでいると、
たまにアルファベットのパネルが出てくるんです。
それを全部集めるとある言葉になると説明書にありました。
彼女はそれを集めてたんですね。
俺は、彼女の残した紙切れの謎を解いてみたくなり、
その日から再び「謎の壁」を遊び始めました。
来る日も来る日も遊び続け、ついに全面クリアしました。
同時に、途中から俺の字体に変わった紙切れも完成しました。
出来上がった文字は
「MERRY CHRISTMAS」
でした。
「これだけはどうしても彼女に伝えなければ」
何故そう思ったのか、今となってはよく分かりません。
ヨリを戻したいとかではなく、本当にただ、そう思ったんです。
その日の夜中、家をこっそり抜け出して
近所の公園にある公衆電話ボックスまで走っていきました。
震える手でボタンを押し、
彼女が一番にとってくれることを祈りました。
彼女「もしもし」 俺「あ、あの、俺。わかるかな?」
彼女「うん、わかるよ」 俺「あのさ、あのゲーム覚えてる?『謎の壁』」
彼女「うん、ブロックくずしでしょ?」 俺「あれのパスさ、●●(←彼女の名前)集めてたやん?」
彼女「あ〜、うんうん、やってた」 俺「あれ、今日わかったで」
彼女「すごい、クリアしたの?」 俺「うん」
彼女「で、なんて?」 俺「メリークリスマスって・・・」
彼女「へぇ〜そうなんだ」 俺「そうやねん、タイミング良過ぎでちょっとビビった」
彼女「本当だね(笑)」 俺「それだけやねんけどな」
彼女「うん、わかった」 俺「じゃあな、おやすみ。遅くにごめんな」
彼女「ううん、あ、■■君(←俺の名前)」 俺「ん?」
彼女「わざわざありがとね」 俺「うん」
時間にして2,3分ですかね。
そのまま家に帰り、風呂に入り直して
ベッドに潜って、それでようやく
「ああ、俺達って終わってんなぁ」という思いが
ジワジワと湧いてきました。
「MERRY CHRISTMAS」
と書かれた紙切れを手に取り、
初めて失恋の痛みを知りました。
「謎の壁」
は、まだウチにあります。
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このゲームで中学の時、3つ下の甥と夏の暑いとき(昔はエアコンのある家が少なかった、しかも子供部屋なんてとてもとても)
100Mダッシュが終わればTシャツを脱ぎ、槍投げが終われば???を脱ぎ、まさにバトル、汗だく、汁だくでした。
やれ、ボールペンの先を使い、やれ、ものさしを使い死に物狂いでやりました。
本当に長く遊んだゲームでした。今でも時間や都合があえばやりたい気持ちでいっぱいです。
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友達の家で見せてもらったドラクエがどうしてもやりたくて、初めてファミコンを買ってつなげたテレビには、なんと「足」がついていました。「目が悪くなる」と大反対だった母の目に付かないように、モノオキ代わりの部屋にあった古いテレビにひっそりつなげたからです。
「復活の呪文」に悩まされながら毎日少しずつ冒険を楽しんでいたら、はじめに妹、そのうち父もが興味を持ち始め、とうとう「こんなテレビじゃよけい目に悪い」と母が根負けしたので、ファミコンは団らんの部屋へ移動しました。懐かしい思い出です。
今、おばあちゃんとなった母。「やりすぎると目が悪くなる!」と息子を叱る私を見ては「あんただってねえ」と目を細めて笑っています。 |
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スパルタンX、なぜかはまりました。
アチョ〜アチョ〜と何回も何十回、何百回も・・・
自分でも呆れる位寝る間も惜しんで。
その頃は小学生だったかな?随分母に怒られた記憶があります。
馬鹿とまで言われました。
36歳になった今でもゲームが大好きで小学生の子供と一緒に遊んでます。「お母さんすごいね」と子供に尊敬されるのも
スパルタンXのおかげかな? |
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私のオヤジはそれはガンコなオヤジでした。
当時、ファミコンがスーパーマリオブラザーズの人気で急激に普及するなか「ゲームなんかいらん!」と一言で終わり・・
でもあまりの人気のなか「我が子だけ持ってないのも可愛そう・・」なんて思ったのかな?
ある日突然、スーパーマリオブラザーズはファミコン本体と一緒に我が家に来ました。
あのガンコ者のオヤジが得意顔で「勉強はちゃんとしろよ。」と・・
でもなぜか恥ずかしいから麻雀ゲームを一緒に買ってきて「私はこれがしたかったんだ・・」と・・
あの時のオヤジの得意顔が今も忘れられません。
自分も今、子供を持つオヤジになりました。
あの時のオヤジと同じ顔でゲームを買って帰ります。
あの時オヤジの見たのと同じ子供の笑顔を楽しみに・・ |
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当時の寮生数名で、ローテーションを組んで、レベルを上げる者
お金を貯める者と、ほぼ24時間フル稼働でした。
築数十年と古い寮なので、ブレーカーの容量が小さく
風呂上りに、数名ドライヤーを使うと、突然停電。
もちろんセーブなんかしちゃいない・・・
さー大変!犯人探しに必死になり、当人は罰として
元の状態に戻るまで、寝ずの番でした。 |
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ファミコンと「スーパーマリオブラザーズ」が世に現れた頃、私は新人OLだった。来る日も来る日もお茶汲みとコピー…。必要なのは、笑顔と気配り。お気楽な学生から社会人へ…この初めの一年は本当に心にウサが溜まり、吐き出す場所もなかった。
何回目かのお給料で買ったファミコンと「スーパーマリオブラザーズ」。この子達がどれだけ私を励まし力付けてくれたか!コントローラーのボタンが壊れるくらいブロックをぶっ叩いたっけ^^ 一日の嫌な事が忘れられたな〜!
今では、わが子がゲーム世代。楽しそうに遊ぶ姿を見ると、あの頃の自分を思い出す。
ありがとう!マリオくん^^ |
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現在のソフトの素晴らしさにはもうひたすら驚くばかりです。
リアルな画像に映画並みの音楽や豊かな題材、複雑に入り組んだ技と進行。そのどれをとっても、スーパーマリオ時代には想像も付かないそれらの進歩に目を丸くする近頃です。
今のソフトに比べればあまりに単純でイケテ無いのかもしれませんが、スーパーマリオには特別な思いがある分、わたしの中では燦然と輝く一位のソフトです。
実際に夢中になって朝も昼も夜も忘れるほど虜になっていたのではわたしではありません。
マリオにタマシイを抜かれていたのは当時まだ幼かったわたしの甥っ子です。
来る日も来る日もひたすらに修行僧のごとく精進を重ねる(*_*)その姿をみて、正直いってすごく不安でした。
ゲームにしか興味を示せないオタクとして暗ーい青年に成長するのではないかという心配です。
しかし、わたしのそんな不安をよそに、今や彼は友達の多い勉強もスポーツもそつなくこなす心優しきゲームオタク(これは変らなかったです(^-^))の高校生へと育ってくれました。
好きなことに夢中になることが、彼の心を潤わせ、充実した時間を過ごす事で大きく広がった世界。
わたしがイメージしていたオタクとはまるで違った展開もあることを彼自身の成長で確認できました。
あの時スーパーマリオに出会わなかったら、今の彼も居ないかも知れないと思うほど、彼の心の成長に深く係わったソフト。
たどたどしい言葉で一生懸命、必死にマリオの話をいっぱいしてくれた彼の幼なくも輝くあの瞳を思い出しながら書かせていただきました。マリオくんありがとね!
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仕事から帰って夜9時くらいからゲームを始めた。
今日は竜王を倒しに行こうと装備を固めた。
アイテムに呪いのベルトがあった・・・
呪いのベルトを付けた・・・
アイテムを装備した・・瞬間!!呪いの音楽がーーー
しまったー!!どうしてもはずれないーーー
パニック!!「俺はどうすればいいんだーっ!!」
はずれなくなって・・・・世界をぐるぐる回った。
ふと、まわりを見回し、時計を見ると朝7時だった。
「カチッ」電源を切った時。一瞬、目から熱い物が流れた。
一睡もせず、出勤した。その日の太陽はいつになく眩しかった。 |
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ファミコンが大流行していた頃、
うちの息子は中学生でした。
とても難しい時期で、喧嘩こそしないものの、
家にいてもなかなか顔を合わせてくれないような日が続きました。
ある日、テレビにおかしな線がつながってるなと思ったら
それがファミコンでした。どうやら息子が買ってきたようです。
息子は学校から帰ると一心不乱にゲームに熱中し、
私との会話もさらに減っていきました。
なぜそんなに長時間遊び続けられるのか、
私は次第に興味を持つようになりました。
そしてある日、私は息子のいない昼の時間を使って
ファミコンを遊んでみたのです。
「あら、面白い」
その日から、私の昼下がりは専らマリオでした。
しかし、当時すでに40代であった私にとって
アクションゲームはとても難しく、
3面で既に進めなくなってしまったのです。
私はムキになり、「今日はここをクリアするまで止めない」
と心に決めました。それからどのぐらいの時間が経過したのか。。
「ったく、なにやってんだよ」
と言いながらコントローラーを取り上げる息子に気づくまで
私は遊び続けていました。
息子が帰ってきた、つまり夕方まで遊んでいたようです。
息子はいとも簡単にクリアして見せ、
「ちぇっ、こんなのも出来ねぇのかよ」
と捨て台詞を残し、部屋に帰っていきました。
勝手に部屋の掃除をしても怒る息子が、
なぜか勝手に遊んでいることには怒りませんでした。
私は、マリオに感謝しました。
ようやく接点が見つかったんですから。
息子は私のゲームの先生になり、私は喜んで生徒になりました。
怒られても怒られても、
いえ、むしろ怒られたくて私は遊び続けました。
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