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Wii U発売時のマーケティング戦略について聞きたい。Wii発売のときはとくにアメリカでうまく口コミが広がり、翌年の1-3月になかなか買えないという状況になったと思う。Wiiでうまくいった要因、それから逆にニンテンドー3DSのときは発売当初はよかったが、その後の3か月が厳しかったということで、今回この二点を踏まえたうえでどういうマーケティングメッセージを発し、ソフトをどう並べていくのか。とくにアメリカマーケットは据置型ビジネスがかなり重要だと岩田社長もおっしゃっているが、このアメリカマーケットの取り組みの方針について教えてほしい。 |
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岩田: Wiiについて起こったことで言いますと、結果的に言えば、「Wiiハードを海外で買われた方全員に体験いただけるように『Wii Sports』をハードに同梱したこと」が大きかったように思います。『Wii Sports』を発売前に革命的だとご評価いただいた方もたくさんいらっしゃったのですが、一方で「いや、自分はゼルダが遊びたいんだ、だからWiiを買うんだ」という方に、もし「『Wii Sports』もお金を出して買ってください」と言っていたら、全員に(『Wii Sports』を)お届けできたかというと、そうはならなかったと思います。ところが、海外での販売では、長期間、『Wii Sports』 をハードに同梱しておりましたので、極論すれば『Wii Sports』は(当初は)欲しいとは思っていなかったお客様のところまで渡ったといえ、ハードに同梱されているのであれば、「1回ぐらいは試してみよう」と多くの方に思っていただけました。『Wii Sports』自体は今までのゲームと明らかに違うことが一目でご理解いただきやすかったことと、入り口の敷居がとても低いということがありました。ですから、家で新しいゲーム機を買おうと言い出される方はたいていゲームの好きな方で、自分の目当ての商品が決まっていて、そのためにゲーム機を買われるのですが、実際に『Wii Sports』で遊んでみたら、周りの人を一緒に巻き込んで面白く楽しんでいただくことができました。結果論としては、こういうことが起こり、次から次へと新しいお客様に広がっていくという流れがうまくいったということだと思います。ただ、これを「狙ってやりました」と申し上げるとかっこいいのですが、「『Wii Sports』の魅力を全員には伝えられないんだけど、どうしたらいいだろう。こういうのはどうかなあ。」ということぐらいで、「こういうことが起こるという確信を持ってやりました」と申し上げると嘘になりますので、「Wiiで起きたことはそういうことであった」と私たちは分析しています。 ニンテンドー3DSについても、「3Dは実際に手にとっていただかないと分からないので、テレビで宣伝できない。」「なぜなら、テレビの映像は飛び出さないから。」ということで、困りましたが、「Wiiのときのように、実際に体験していただいた方に感動していただけたら周囲の方々に広めていただけるのではないか」と考えました。新しい製品は何でもそうなのですが、まずプラットフォームの初期に、新しいものに最初にチャレンジしていただけるお客様にまず入っていただいて、その後、段階的にお客様の層が広がっていくと考えており、その中で私たちのメッセージが直接届くお客様と、私たちのメッセージには関心がないので、私たちが何をしてもメッセージが届かないお客様がいらっしゃいます。その中でも、「(メーカーのメッセージには関心がないが)周りの人が盛り上がっていることに興味がある」という方がいらっしゃって、「そのような人たちにWiiは届いたけど、ニンテンドー3DSはうまく届かなかった」ということだと思っています。今の日本では、ある意味、「ゲームを遊ぶならニンテンドー3DS」だと多くの方に言っていただけていますので、そのような段階は越えていると思いますが、製品が普及するためには必ずそこを越えなければいけないと考えています。その意味でもWii Uがうまくいくかどうかについては、現実に今の予約状況を見ていますと、「年末に売れるか、売れないか」と言えば、皆様も恐らくそう感じておられるのではないかと思うのですが、売れると申し上げてほぼ差し支えないと思います。一方で、「年明け以降も売れるの? 商戦期が終わった後も売れるの?」ということに対して、私たちもそこが最大のポイントだと思って重点を置いています。任天堂はハード発売時にソフトを多く集めすぎて、発売後しばらくの間ソフトが非常に手薄になる時期ができやすいので、Wii Uでは、そのことをすごく意識しています。幸い、とくに海外のソフトメーカーさんに非常に多くのソフトをつくっていただけましたので、私たちがハード発売時に予定していたソフトの一部は年明けに発売をずらすことができました。海外においては、(プレミアムセットの)ハードと一緒にお客様の手に渡る『Nintendo Land』も、体験されたお客様とご覧になっただけのお客様で評価がものすごく違うソフトですので、「体験した方が増えること」は非常に意味があると思っており、『Wii Sports』と同じことが起こるかどうかは誰にも分かりませんが、「体験者からの口コミの部分と、私たちが途切れなく話題を出すために1月以降にもソフトを出していくこととの組み合わせによって、1月以降の勢いも維持する」というのが私たちが考えていることです。 |
5 | 収益構造に関する考えかたについてお聞きしたい。2010年3月期頃までの約30年弱の間、御社の営業利益率は大体20パーセント以上で推移していたが、足下は先行投資もあって固定費の比率が上がっている。その中でのコストマネジメントに対する考えかたを教えてほしい。それと同時に売上をどう伸ばしていくかということも大きなテーマで、その中でニンテンドー3DSやWii Uソフトのダウンロード販売という話があったが、プロトタイプをより小さくつくって走りながら戦略を調整していかなければいけない、いわゆる仮説・検証・実行のサイクルがどんどん高速回転している状況なのかどうか、開発の取り組み、売り方の中身、手法が変わっているかどうかといった考えかたを教えてほしい。 |
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岩田: 私たちのビジネスというのは、商品を開発しているときに「それがどれぐらいヒットするのか」ということを予想するのが非常に難しいビジネスで、例えば「『Wii Fit』は結果的にこれだけ売れました」という現状に対して、「発売前にこれだけ売れるはずだと思っていた」と言う人がいたとすれば、その人は嘘つきだと思います。やはり、発売後に起こった、私たちの力が及ばないところで起こるいろいろな出来事によって、ヒットは大ヒットに化けることがあるのです。任天堂は非常に長い間ヒットから大ヒットに化けるものに常に恵まれていた会社で、それはそういうことが可能性として高まるように最大限努力を続けてきたからでもあり、その姿勢は今も変えていないつもりです。 今回は、環境の急変、とくに私たちの力が及ばない部分でいいますと、為替レートというのは非常に大きく影響していまして、コストマネジメントに関しても、例えば「仕入れをなるべくドル建てにできないか」といったことはこの間にものすごく努力しました。しかし、以前にも申し上げたことがありますが、ユーロ売上に対するヘッジは非常に難しいですし、昨年のニンテンドー3DSのように発売後に「これは大きな軌道修正がいる」ということで、一気にあれだけの値下げをするというようなことも非常に特殊な事例だと思っております。そういうことがあった以上、「Wii Uも『売れなかったらすぐに値下げするのではないか』とお客様にご心配いただくことがないような値段を付けないといけない」ということも含めて、昨年のニンテンドー3DSの出来事というのは、Wii Uの値付けにも当然影響しております。このように、いろいろな意味で営業利益率について株式市場のみなさんの期待にお応えできていないというところがあると思います。もちろんコストマネジメントに関して言えば、単純にコストマネジメントだけをしていくと普通のハードビジネスの会社と同じ構造になってしまいますし、間違えば縮小均衡になりますので、コストマネジメントについて心掛けていることは「メリハリ」でしょうか。すなわち、かけるべきところにはしっかりかけ、芽がないと感じたものの目利きをしっかりして、やめるべきものはやめるということかと思います。 ニンテンドー3DS・Wii Uソフトのダウンロード販売で、「PDCA、仮説検証サイクル(※)がどれぐらいのスピードで回っているか」について、任天堂は長年「パッケージソフトをつくって販売する」という会社でしたから、その意味では、仮説検証をしても、一度手を離して世の中にソフトを出してしまうと、そのソフトは(書き換えのできない)ROMなので触りようがなく、私たちは「発売後は修正できないから、後悔しないようになるべく粘って最善のものを磨いてつくって出す」ということをかつてはやってきました。ところが、インターネットにつながるゲーム機が大部分を占める環境になり、デジタルでビジネスができるようになり、先ほども外部パートナーの話で出ましたが、かつての任天堂のつくりかただと、つくり込んだ(ゲーム機で動作する)クライアントソフトをさらに磨き込んで発売し、サーバーは最小限というアプローチになるのですが、今、世の中はマシンパワーがどんどん上がってきていますから、クライアントソフトは最小限にして、サーバー側からどんどん(サービス内容を)変えていくようになっています。ちょうど、ウェブビジネスの会社は、「とりあえずできたらベータ版を出してどんどん変えていく」ということをされるのと同じです。ROMでパッケージ販売をするビジネスではこれはできませんが、デジタルでできるビジネスは違うやりかたが可能になります。私たちは、「お客様は未完製品を買うために任天堂にお金を払ってくださらない」と思っていますので、パッケージソフトについてそのスタンスを変えるつもりはありませんが、新しいネットワークサービスなどを始めるときに、例えば、「Wiiの間」のときのように、(ゲーム機で動作する)クライアントソフトをつくり込むアプローチをして、「クライアントを1回バージョンアップするのに1年かかるやりかたでは、ネットワークサービスはうまくいかない」ということが、私たちが得た教訓です。逆にWii Uでのネットワークサービス、例えばこれからやろうとする「Miiverse」もひとつの例ですし、先ほどの「Nintendo TVii」もそうですが、大半の仕様はサーバー側にあって、サーバー側を変えるとサービスがどんどん変わっていくというつくり方にしていますので、そういう意味では仮説検証サイクルがすごく速く回っていくと思います。 全然違う点では、先ほど話題に挙げていただいた「Nintendo Direct」をこのサイクルでやっていますと、「私たちが何かをする」「お客様から反応をいただく」「実際にいろいろなデータに反応が表れる」ということを非常に高頻度に見られるようになりました。かつての数倍以上のスピードでマーケティング活動においてもやるべきことが私たちの中でどんどん変わっています。よって、社内で「すごくスピードが上がった」と感じている人が多いのではないかと思っています。 (※) PDCA、仮説検証サイクル: 「Plan」(計画)、 「Do」(実行)、「Check」(評価)、「Act」(改善)を一つのサイクルとして繰り返し行うこと。
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6 | 先ほど岩田社長のプレゼンテーションでもヒットチャートが出てきたが、やはりマリオやポケモンといった往年のIP(知的財産)を用いたタイトルの販売が好調に見えた一方で、まったく新しいブランドのタイトルというのがここ最近、印象が薄くなってきているように思う。当然開発も進めているとは思うが、そうした完全新作のタイトルに関しての考えかた、あるいは今話せるような内容があれば教えてほしい。 |
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岩田: 実際に任天堂が発売しているタイトルをご覧いただくと、新作を出していないわけではないことはお分かりいただけると思うのですが、当然、実績のあるIPは、認知度、知名度、そして人気がこれまでの蓄積で非常に大きいため、お客様からすれば、ゲームをそれほど多くは買えませんので、ゲームを選ぶ際に、そういうもの(実績のあるIP)が強くなりやすいということは言えると思います。一方で、まったく新しいものの出しかたについて、かつてはパッケージソフトとして販売する方法しかなかったのですが、今はダウンロード版のソフトという形で、店頭に在庫を持っていただかなくても、新しいゲームをお客様に提案でき、それについてお客様に気に入っていただいてご評価いただくということが始まっております。すでにいくつか例がありますが、まず、ダウンロード専用のソフトとして発売され、後からパッケージ版として発売されたソフトもございます。代表的なところでは『絵心教室』というソフトは、ニンテンドーDSiのときにダウンロード専用の「DSiウェア」としてまず発売し、それがお客様の間で話題になったためパッケージソフトとして発売し、そのパッケージも売れて、最終的に全世界ベースでミリオンセラーになるというようなことが起こりました。そのようなことをどれだけやっていけるかだと思います。いきなりパッケージソフトでポンとマリオの横、ポケモンの横に並べて、マリオやポケモンのように売れるソフトができたら娯楽のビジネスはもっと簡単なのですが、当然そうではありませんので、「ステップを踏んでいく」ことがこれからやることだと思っています。また、当然、新陳代謝をしないとだんだんマンネリ化というふうにも感じています。 一方で、もうひとつだけ少し申し上げておきたいのは、マリオやポケモンは確かに歴史と伝統のあるフランチャイズですが、毎回同じことはやっていないつもりです。マリオやポケモンが今のように30年、15年もの間、ずっとその状況が維持できるというのはどうしてかといいますと、「毎回新しいことに挑戦していて、前作と同じような内容だけで出しているわけではないからではないか」と思っています。ですので、「往年のIPしか出ていないから革新を忘れている」というご指摘は、「タイトル名だけをご覧になって、中身をあまりご覧になっていない方がおっしゃっているのではないか?」と私は正直思っております。もしそれをしていなかったら、とっくにマリオもポケモンも落ちぶれているはずだと思います。 |